※黒い砂漠についての記事ではありません※

先週、僕はフランスに渡航していた。

夕暮れ時のシャルル
ド・ゴール空港を抜けてパリ市内へ。日の入りが早い為かすぐ暗闇に包まれる。
移動中のタクシーから
パリの夜景が見え始めるとすぐにライトアップされたエッフェル塔が僕を出迎えてくれた。

今回の滞在目的のひとつに蚤の市などの市場を回ってブロカントの買い付けを行うという任務があったのだが
これが想像以上に大変だった。

まず「朝8時OPEN!」という看板の掲げられた市場がOPEN!したのは10時を過ぎた頃だった。
この時期は日の出が遅いのでそれが影響しているんだろう。2時間ほど無駄にしたが店が開いただけでも良しとする。
おそらく市場内で一番早起きの店主に「ボンジュー」と声を掛け、店に入る。
期待しないで入った店だったが奇跡的に値段、質共に良い資材に出会えた。そこでさらに値切り交渉を開始する。
セールにならないような質の良い資材だ。多分値下がらないがやるだけやってみる。
いくつか纏めて買うから安くして欲しいと片言の英語で伝えるが店主は最初から「ノンノン!」と話を遮ってくる。
英語となると耳を傾けてもくれない…単語トークもダメな感じのムッシュ…これはやべぇ。
資材を纏める仕草をジェスチャーで行い「セシェール…シルヴプレ…!」片言すぎるフランス語を発射。
雑すぎて自分でも笑えたが、僕が価格の交渉をしている事は辛うじて伝わったようで
ムッシュはしかめっ面になったまま考え込んだ。
こちらが値段を先に提示すると下限が定まってしまうので出来れば相手の出方を見たい。
全部で54€だったから、僕的には50€になってくれれば御の字…と思っていたのだが
返答は「35€、OK?」
…マジか、19€下がった。正直今の価格でも十分安いし、買うつもりだったんだけど。
ウィ!メㇽシムッシュ!」交渉成立。完全勝利ィ!
…にしても安すぎない?これ大丈夫なのか…?

その時だった。
奥からマダムが出てきたのだ。
やっとの思いでラスボスを倒してほっとしてたら倒したはずのラスボスが変形して第二形態に移行するのを
眺めている時のような気分だ。このままでは35€という価格は覆されてしまう、そんな予感がした。

マダムは笑顔でムッシュとハグをし、僕の目の前でキスを3回ほどしてから
早口のフランス語でニコニコとムッシュと話を始めた。この間、僕(客)は居ない者として扱われている。
断片的に聞こえた単語から推測するに「こんなに売れたの!?凄いわね!」と喜んでいるようだ。

だがムッシュが囁き声でマダムに何か伝えたその瞬間、マダムの様子が一変した。
物凄い形相でこちらを睨みつけてきたのだ。(おそらく値下げして売った事を伝えたのだと思う)
この場合、まず最初に僕の存在に気付いて貰えた事に対して喜ぶべきなんだろうか。とか考えてる場合じゃない。
ニコニコしながらムッシュにキスをしていたマダムと同一人物とは思えない。とにかく表情が怖い。
俯いたまま動けないでいる僕に痺れを切らしたのかムッシュを軽く突き飛ばし
「フン!」といった感じで踵を返し奥に引っ込んでいった。さっきまでチューしてたのに。
かわいそうなのはムッシュだ。お母さんに叱られた子供のように項垂れてしゅんとしている。

でも、ごめん。もう遅い。
危険を察知していた僕は、早々に会計を済ませ、資材はすでに受け取っていた。
(だからマダムがキレていたわけなんだが)
一連の出来事には気付かないフリをして苦し紛れに「メㇽシボークー」と声を掛け、その場を後にする。

もしかしたらこの資材はマダムが仕入れたのかもしれない。
こんな値段で売っていいものじゃない!そんな風に怒っていた気がしてならない。
だって僕もそう思ったから。だからきっと僕的には良い買い物が出来たのだ。
マダムの怒りがその事を証明してくれたようにも感じた。

その後、もう一つ素敵な資材を見つけたが高かったのでダメ元でマダムに交渉を持ちかけようとしたが
「ボンジューマダム」と言い終わらないうちに「ノン!」と力強く拒否された。
プロパー価格でも購入を許されないような雰囲気。交渉どころか出禁になった気分だ。

ただ、不思議な事にこの客を客とも思わないマダムのマイペースさがなんとも小気味よかった。
ついこの間までずっと自分を押し殺して仕事をしていた僕にとってマダムは拍手を送りたいような存在だ。
お人好しで責任感が強い人から潰れていく日本社会。
ちょっとくらい「ノン!」という心持で暮らしたってきっといいはずだ。

重い資材を担いで市場を後にする時
体は疲れていたが心はなんだか高揚していて思わずスキップを踏みそうになった。
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